7/15~9/10開催の企画展「天下人の城」(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)について徹底リポート!

「天下人の城」〜徳川美術館応援団〜

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「信長の初めての城」小牧山城を発掘した小野さんと見る「天下人の城」展

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開幕2日目の7月16日(日)、天下人の城展応援団1番の千田嘉博先生(奈良大教授)の記念講座が行われました。
千田先生の講座はとてもおもしろく、詳報したいところですが、濃厚すぎるので、後回し(すみません!)にしまして、
講座後のスペシャルな展示解説を再現いたします。

解説していただいたのは、応援団ブログにも小牧山城の解説を寄せていただいた、小牧市教育委員会の小野友記子さんです。(参考:小牧山城【お城観光ガイド】信長が初めてゼロから造った城)

ご自身が発掘を担当して、今回出展されている小牧山城の出土品について教えてもらおうと、応援団でお願いしました。

この日、突然始まった「ギャラリートーク」には、講座に参加していた城好き、武将好きで有名なラジオDJクリス・グレンさんも一緒となる、豪華メンバーでの観覧となりました。

小牧市教委の小野さん

天目茶碗よりも丼がすごい!

考古学者らしくまず目にとまったのが、

【8】【9】名古屋城三の丸遺跡出土 中国・朝鮮系陶磁器、瀬戸・美濃系陶器 那古野城で暮らしていた武将が使った器

でした。

小野さん この「瀬戸天目」と「平碗」のどちらがレアだと思います?

おいでよ天下人の城展
平碗はどうみてもどんぶりですし、「天目茶碗」といえば最近ニュースになったりしているので当然、天目茶碗ですね。

小野さん ところが考古学の世界では「平碗」のほうが貴重なのです。実は天目は、鎌倉時代以前ですと貴重品ですが、戦国時代になると、わりと一般的な什器(じゅうき)になるのです。一方で、平碗はかなり立派な館跡でしか見つかりません。平椀がみつかると、考古学者はすごくテンションあがるんですよ。

おいでよ天下人の城展
「天目」という言葉のイメージですっかり、逆だと思っていました。

小野さん これは、「さすが那古野城(名古屋城の前身で、信長や信長の父が住んだ)だ」と思います。

 

小牧山城の築城の秘密があきらかに?

【43】鐙【44】桶狭間合戦討死者書上、初公開の文書は歴史が変わるかもしれないことが書いてある!?

原さん
ここで興味深いのは織田方の戦死者の追記で、戦死者の内272人は「近江国佐々木方」から加勢と記されていることであります。近江と言えば当時の六角氏からの加勢があったということになりますが、加勢があったということは織田と同盟を結んでいたことも考えられます。ただし、佐々木方援軍の記録はこの史料以外では確認できないので、あくまで推測ということになりますが。
おいでよ天下人の城展
六角氏と同盟を結んでいたというのは意外です!
原さん
この「六角氏の同盟」があったと仮定すれば、桶狭間の戦いは今川義元の上洛戦という見方が違うということになりますね。桶狭間の合戦は、織田・六角連合軍と今川・松平連合軍の戦いということになります。

と、展示説明で上記のように指摘されている注目の初公開資料です。

小野さん 千田先生が講座で、この資料から導き出される仮説として、小牧山城の石垣と関係があるかもしれないというお話をされ、発掘の担当者として非常に興味を持ちました。

おいでよ天下人の城展
そのように話していましたね。どういう意味でしょうか?

小野さん 小牧山城の以前には、尾張地方では石垣の城はないとされています。それなのに、なぜ、織田信長は突然、これほどの石垣の城を築くことができたのかは大きな謎です。近江の観音寺城は佐々木氏(六角氏)の城で、千田先生も講座で話されていたように、小牧山城以前の城ですが、石垣がすでにありました。

おいでよ天下人の城展
つまり、この同盟関係から、石垣の技術も導入された、ということですか?近江には穴太(あのう)衆という石工の集団が有名ですよね。

小野さん 観音寺城の石垣と小牧山城の石垣は技術的に似ています。ただ、細かく見ると、全く同じとまでは言えないのですが、今回の展示で紹介されたことが示唆する意味は大きいと思います。

おいでよ天下人の城展
では、「信長ー六角同盟」は決定ですね?!

小野さん いえ、そう簡単ではありませんよ。ちょうど今、クリス・グレンさんが指摘されたように、この書上(かきあげ)という文書の年代は江戸時代のもので、同時代のものではありません。初公開とのことなので、これから「資料批判」(そもそもの資料が正しいかどうかを研究すること)から研究が始まっていくことになります。

おいでよ天下人の城展
そうですね、焦ってはいけませんね。ただ、歴史の新説が誕生する瞬間に立ち会えることができるなんて、すごい展示ですね!

信長のオーダーメイド品

おいでよ天下人の城展
さて、いよいよ第二室の小牧山城コーナーです。

【57】小牧山城主郭出土品 次々に新発見が飛び出す「信長の初めての城」

小野さん うわー、こんなにきれいに飾ってもらって、うれしいです!

おいでよ天下人の城展
このお猿の形をした水差しが人気ですね。

小野さん かわいいはいつの時代も正義ですね。はじめは実用品にこうしたデザインがほどこされていたのが、「かわいい」だけが抜き出されて、根付(ねつけ)になっていくのです。でも、今回出したもので、面白い品はそれだけではないのです。ぜひこの2つを見てください。

鉄釉掛け流し釉皿(てつゆうかけながしゆうざら)と鉄釉灰釉掛け分け皿(てつゆうかいゆうかきわけざら)

おいでよ天下人の城展
えーっと。私、今日でこのコーナー3回目なんですが、この2つまったく存在すら無視していました。。。

小野さん これらはですね、小牧山の城主が特注した品の可能性があるのです。

おいでよ天下人の城展
小牧山の城主って、信長じゃないですか?!

小野さん まぁ、そこらへんは考古学的には断定できないので(苦笑)

おいでよ天下人の城展
はい、もうこちらが勝手に「信長のオーダーメイド品」と名付けます!それでどこらへんが特注なのですか?

小野さん まず鉄釉掛け流し釉皿ですが、茶色の地に白い筋が模様として入っていますよね。この白い筋は職人が指で釉薬を塗ったデザインのものなのです。

おいでよ天下人の城展
まさに手作り!オンリーワンですね。

小野さん そして鉄釉灰釉掛け分け皿のほうですが、かけらなので非常にわかりにくいのですが、これはお皿の底の部分です。表に見えているのは鉄釉の茶色ですよね。でも下から裏の面を見てください。

おいでよ天下人の城展
あっ、なんか緑のような白っぽいような、色が違いますね。

小野さん これは外側の色と内側の色を塗り分けているデザインなのです。かぶいているというか、ひょうげているというか。とにかく、そうした斬新なデザインのものを発注した城主がいたということです。

おいでよ天下人の城展
これはいい話を聞きました。小野さんに教えてもらわないと、信長のかぶきデザインを見逃すところでした。ありがとうございます!

図解(にの・作成)

 

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