7/15~9/10開催の企画展「天下人の城」(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)について徹底リポート!

「天下人の城」〜徳川美術館応援団〜

展示紹介

【22】金三蓋傘形指物 松平VS織田の旗指し物

更新日:

金三蓋傘形指物【きんさんがいがさがたさしもの】  徳川美術館蔵

【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合があります)
第1章 天下布武への道 1 勝幡城・那古野城の時代(蓬左文庫第1室東側)
展示番号 22番
原さん
徳川美術館にある由緒品です。武将が背中に指す旗指物です。710石の旗本上田家に伝来したもので、『寛政重修諸家譜(かんせいちょうしゅしょかふ)』に由来が載っています。
おいでよ天下人の城展
どんな逸話でしょうか。
原さん
この品は、家康の父・松平広忠によって追放された三木松平信孝が、織田信秀と結んで広忠の岡崎城を攻撃した際に、上田家の祖となる元俊が耳取縄手(みみとりなわて)で行われた合戦で信孝を討ち取り、その功績として広忠からもらったとの由緒です。
おいでよ天下人の城展
(グーグルマップ開く)耳取縄手は、東岡崎駅の近くの六所神社のすぐ北手ですね。
原さん
上田家はこれを代々家宝として受け継いできて、昭和46年に徳川美術館に寄贈されました。上田家の伝承どおりであれば、かなり古い時代の品です。

寛政重修諸家譜 江戸幕府が寛政~文化年間(1789~1818)に編集した武家系図集。
幕府は『寛永諸家系図伝』を補訂、続修するため、1799年(寛政11)に本書の編集に着手し、1812年(文化9)に終了した。
この間、若年寄堀田正敦(まさあつ)以下60余名の学者、幕臣が編集に従事した。
幕府が貞享~寛政年間(1684~1801)に大名、旗本から提出させた家譜に基づいて内容を整え、本文1520巻と目録10巻、合計1530冊の詳細な大系図集が完成した。
江戸時代の武家の伝記資料としてもっとも正確、広範で、信頼性が高く、研究資料としてよく利用されている。
完成当時の献上本は国立公文書館に保存されており、江戸時代の伝写本や活版本が流布している。(日本大百科全書より)

次は【23】小豆坂合戦ノ図 今川・松平連合軍VS織田信秀の大合戦が信長と濃姫の結婚につながる

【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合があります)
第1章 天下布武への道 1 勝幡城・那古野城の時代(蓬左文庫第1室東側)
展示番号 22番

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