7/15~9/10開催の企画展「天下人の城」(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)について徹底リポート!

「天下人の城」〜徳川美術館応援団〜

展示紹介

【198,199,201】長烏帽子形兜、片鎌槍、虎頭蓋骨 リアルの加藤清正も虎と戦うマンガ並の武神だった!

更新日:

長烏帽子形兜
片鎌槍模作(模作 原本 加藤清正所用 東京国立博物館)
虎頭蓋骨 二頭 (いずれも徳川美術館蔵)

【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合があります)
第2章 巨大城郭の時代 五 東海の要衝(本館7室2)
(二) 清正伝説
展示番号198,199,201

原さん(小久ヒロ・絵)

実際の加藤清正も伝説に劣らない人物でした。

【198】は、実際に清正が被った長烏帽子の兜です。朝鮮の役の折、清正の身代わりとして交渉にあたった九鬼広隆に与えられたもので、その後、紀伊徳川家に献上されたものです。昭和初期、紀伊家より売立されたとき、関係品として尾張家十九代徳川義親(よしちか)氏が購入しました。

紙の紙縒り一枚一枚に「南無妙法蓮華経」と書かれたものを烏帽子に織り込んであるといわれていますが、実際には解体してみなければわかりません。

【199】は、さきほども石引きのシーンで出てきた片鎌槍です。
紀州徳川家に嫁入りした清正の娘が持参した槍を紀伊家が幕末に模作をしたものです。
その後、本物の槍は国に寄贈され、東京国立博物館にあります。徳川美術館所蔵のこの槍は模作になります。
しかしなぜかその国に献上された本物の槍には模作の鞘(さや)がつけられ、徳川美術館に渡った模索の槍には本物の鞘が伝わりました。
本物の本体と鞘が別れた不思議な状態になっています。
ともかく鞘は本物です。

【201】は有名な「清正の虎退治」です。
朝鮮半島には日本にはいない珍しい虎がいたため、朝鮮では清正に限らずこれを秀吉への献上品として積極的に大名たちが捕獲していました。
清正もアムール川方面へ行っており、虎を捕獲し毛皮や頭蓋骨などを送っています。

実際に清正が捕獲した虎の頭蓋骨です。

加藤清正が捕獲した虎の頭蓋骨(富永商太・絵)

子孫を経由して伝わりました。ばらばらになっていた二つが、いづれも明治以降に別ルートから尾張家に入り、今は一緒に並んでいます。

これで加藤清正のコーナーは終わり、次は「名城修復」です。

次は【202、203】御天守御修復仕様妻之方ヨリ見渡之図 名古屋城はピサの斜塔?

【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合があります)
第2章 巨大城郭の時代 五 東海の要衝(本館7室2)
(二) 清正伝説
展示番号198,199,201

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