安土城のデータ
名称 | 安土城 |
築城 | 天正四年(一五七六) |
スタイル | 山城 |
城主 | 織田信長―明智秀満―織田秀信 |
歴史 | 安土城は、天正四年(一五七六)に織田信長が丹羽長秀に命じ、約三年の歳月をかけて完成した。岐阜城から安土城へと拠点を移したのには、より京に近いこと、琵琶湖の水運の利便性などがあげられている。 天正十年 本能寺の変で信長が自害、明智軍が一時は占拠したが、山崎の戦い後に退去する。その後は信長の嫡孫である秀信が入城し、織田氏の居城として続いた。 天正十三年(一五八五)に豊臣秀次の八幡山城築城に伴い、廃城されたと伝わる。 安土城は、昭和二十七年(一九五二)に国の特別史跡に指定されている。 |
特長 | 標高一九九メートルの安土山一帯に築かれた山城。近江六角氏の観音寺城を手本に総石垣の城を築いたとされ、石垣の上に地下一階地上六階建ての天主を設けている。天主を持つ安土城は、日本の天守建築の先駆けとも伝わる。 一直線に伸びる大手道や山の中腹に設けた家臣団屋敷など、同じく信長が築城した小牧山城に類似する点も感じられる。 天正十年 本能寺の変後、原因不明だが天主などが焼失。現在は石垣が残っており、安土山南側に堀が巡っていて往時の名残を留めることができ、また二の丸跡には、秀吉が建立したと伝わる信長廟が残っている。 織田信長は、城を居住空間として利用している。また「魅せる」にこだわり、城を「権威の象徴」としている部分も感じる。かつて軍事的拠点として用いられた城が、政治的な意味を持つようになった転換期を迎えたのが、この安土城かもしれない。 |
入場時間:料金 | 9時~16時(季節によって変動あり) 入山料:大人 700円 小人 200円 (摠見寺を拝観する場合は、別途500円)駐車料金510円 |
アクセス情報 | 車→名神竜王ICから北へ20分 公共交通機関→JR琵琶湖線「安土駅」下車。駅から徒歩約25分 |
問い合わせ、参考 | 問い合わせ:安土駅前観光案内所 TEL0748-46-4234 参考:滋賀・びわ湖観光情報 |
まとめ 流星☆
【写真】