7/15~9/10開催の企画展「天下人の城」(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)について徹底リポート!

「天下人の城」〜徳川美術館応援団〜

展示紹介

【2】足利義持判物(御教書)初公開の室町将軍のお墨付きでわかる地域に「城」の卵が生まれる瞬間

更新日:

足利義持判物(御教書) 芳墨拾遺 七ノ巻所収(徳川美術館蔵)

【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合があります)
第一章 天下布武への道 1 勝幡城・那古野城の時代(蓬左文庫第1室東側)
展示番号 2番

室町幕府の4代将軍足利義持(1386~1428年)が、肥田瀬三郎持康という土岐氏の一族に地頭職(じとうしき)を保証した御教書(みぎょうしょ)です。

岐阜県関市の肥田瀬郷、岐阜市の六条郷、愛知県豊田市の足助庄内仁木郷の三ヶ所の地域を管理すること(地頭になること)を幕府から認められたことが書かれています。

原さん
室町時代にこうした地元の武士たちが、代官として地域を支配することを認められれば、土地を管理するためになんらかの館を構えることになりますよね。そうした館がやがて防御性を強めていって城に発展するのです。
おいでよ天下人の城展
お城の「卵」のようなものですね
原さん
お城の跡は有名なもの以外にも、全国に何万件もあります。石垣や天守などのない小さい城がほとんどですが、そうした文字通り「土の城」も地域の歴史が込められているのです。
おいでよ天下人の城展
ところで、御教書ってなんなんだろう?あれ、原さんがいない!
にのさん
お城さん、わたしが少し調べてみたよ。
おいでよ天下人の城展
あっ!城郭勉強家のにのさん!教えて教えて。
にのさん
どうやら、室町幕府は主要な文書として、下文【くだしぶみ】・御教書【みぎょうしょ】・内書【ないしょ】下知状【げちじょう】・奉書【ほうしょ】などを出してるんだね。 今回の御教書は三位以上かそれと同等の意を受けてその人の(侍臣)出す書札・礼文書の事なんだって。
おいでよ天下人の城展
三位以上って事は現代でというと重役クラスの人が自分では書かないで秘書や部下に書かすというイメージかな?
にのさん
簡単に言うと日常的な事項や臨時の命令の時に出す様式の事らしいね。 もともとは私文書なのにいつの間にか公文書に入り込んだりして、政治的な効力をもつようにもなるんだって。
おいでよ天下人の城展
へぇ。最近ニュースになっている、文部科学省の職員の私的なメモが共有フォルダに入っているから公的だとかなんとかって話に似ているみたい。
にのさん
補足としては、将軍家御判物御教書には、5つの形式があるらしいの。現代でもビジネス文書とか色々あるけど、昔のほうがとてもややこしいね。この辺りの5つの形式や書札文書についてはまた別の項「図解!書状の読み方」で説明するね。

次は【3】中島郡勝幡古城絵図

【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合があります)
第一章 天下布武への道 1 勝幡城・那古野城の時代(蓬左文庫第1室東側)
展示番号 2番

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